大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和50年(う)1328号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

被告人において右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、大阪高等検察庁検察官検事斎藤周逸提出にかかる大阪地方検察庁検察官検事吉永透作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原判決における法令の解釈適用の誤りを主張するものであるが、その理由とするところは、原判決は、本件公訴事実をそのまま認定しながら、地方自治法一四条一項によれば、条例は法令に違反しない場合でなければ制定できないから、昭和二三年大阪市条例第七七号行進及び集団示威運動に関する条例(以下本条例と略称する。)四条三項によって、道路における行進及び集団示威運動(以下集団行動と総称する。)につき、条件を付して規制しうる行為は、道路交通法(昭和三五年法律第一〇五号)の道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るとの趣旨・目的とは別個の、集団行動自体が公共の安全を侵害するおそれのある場合に、地方公共の安寧を維持するという趣旨・目的に出たもの、すなわち、集団行動の行われる際、群衆の無秩序又は暴行に起因して地方の一般公衆に対し、直接危険が及ぶような行為に止まるものとしなければならず、従って、本件許可条件として付され避止すべきこととされた「ジグザグ行進」についても、「一般公衆に対し、直接危害を及ぼすおそれのあるジグザグ行進」という意味に制限的に解釈すべきであり、本件のジグザグ行進は、集団の通常の行進方法と異なり、道路交通秩序を乱していることは否定できないが、その規模、速度、振幅、気勢の程度などを総合すると、比較的穏やかなものというべきであって、群衆の無秩序又は暴行により、一般公衆に対し、直接危害が及ぶおそれのある程度に達していると認めることができないから、結局、被告人の行為が、大阪府公安委員会の付した許可条件に違反することの証明がないことに帰するとして、被告人を無罪としたものであるが、本件許可条件の解釈については、表現の自由等を保障する憲法二一条と、公共の福祉保持の見地からその濫用を戒め制約する憲法一二条及び一三条との関連性を考慮すべく、集団行動による思想の表現は、言論出版等による表現と性質を異にし、その手段・方法によっては、国民生活の静ひつを乱し、暴力に発展するおそれのある物理的力を内包しているという本質にもかんがみると、集団によるジグザグ行進は、すべて一般公衆に対し、多大の迷惑や危害を及ぼす危険性を包蔵しており、公共の安全に対し抽象的危険を有していることが明らかであるから、憲法二一条及び道路交通法との関係においても、本件市条例を制限的に解釈すべき必要性及び合理的な理由は何ら存在しないというべきであるのに、右のような集団行動、特に集団によるジグザグ行進の本質を無視ないしは看過した上、本条例と道路交通法との各規制目的の相違を根拠として、本件条件の内容たる「ジグザグ行進」の範囲を、前記のように制限的に解釈し、本件行為が右限定された条件に違反することの証明がないとした原判決は、結局、本件許可条件の解釈を誤った結果、同条件によって補充される本条例五条の解釈を誤ったものであり、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄し、更に適正な判決を求める、というのである。

そこで検討するのに、原判決の認定によれば、被告人は、大阪府公安委員会が本条例四条三項の規定により、群衆の無秩序又は暴行から一般公衆を保護するため必要と認めて定めた「行進は平穏に秩序正しく行い、ジグザグ行進など一般公衆に対し迷惑を及ぼすような行為はしないこと」との条件に違反して約六〇名の者とともにジグザグ行進をしたものであるところ、原判決は、所論のとおり、本条例が、道路交通法と同一の趣旨・目的をもって同一の対象に規制を加えることは許されず、そのような規制は、地方自治法一四条一項に違反し無効であるとした上、これを前提として、本件の集団行動につき許可条件として付され避止すべきこととされた「ジグザグ行進」については、「一般公衆に対し、直接危害を及ぼすおそれのあるジグザグ行進」という意味に制限的に解釈すべきである旨説示する。

しかしながら、地方自治法一四条一項(なお、憲法九四条参照)によれば、普通地方公共団体の制定する条例が、国の法令に違反する場合には効力を有しないことが明らかであるが、条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾牴触があるかどうかによって決すべきものであり、特定の事項について、これを規律する国の法令と条例とが併存する場合において、両者が同一の目的に基づく規律を意図するものであっても、国の法令が必ずしもその規定によって全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例との間には何らの矛盾牴触はなく、条例が国の法令に違反する問題は生じえないのである。(最高裁大法廷昭和五〇年九月一〇日判決・刑集二九巻八号四八九頁参照)。ところで、本条例の規制する集団行動は、すべて街路を使用するものであって(同条例一条)、道路交通法七七条一項四号に基づく昭和三五年大阪府公安委員会規則第九号大阪府道路交通規則一五条によれば、道路交通法の道路使用に関する規制の対象ともなっていることが明らかであるから、大阪市内における集団行動について、道路交通秩序維持のための行為規制を施している部分に関する限りは、道路交通法及び本条例の両者の規律が併存競合していることは否定できないけれども、道路交通法七七条一項四号は、同号に定める通行形態又は方法による道路の特別使用行為等を、警察署長の許可を要するものとするかどうかにつき、各公安委員会が、当該普通地方公共団体における道路又は交通の状況に応じて、その裁量により決定するところにゆだね、これを全国的に一律に定めることを避けているのであって、このような態度からすれば、右規定は、その対象となる道路の特別使用行為等につき、各普通地方公共団体が、条例により地方公共の安寧と秩序の維持のための規制を施すにあたり、その一環として、これらの行為に対し、道路交通法による規制とは別個に、交通秩序維持の見地から一定の規制を施すこと自体を排斥する趣旨まで含むものとは考えられない。そして、道路交通法が道路交通秩序の維持を目的とするのに対し、本条例は、その対象とする集団行動が、表現の自由の行使の一方法として憲法上保障されるべき要素を有している反面、単なる言論、出版等によるものと異なり、多数人の身体的行動を伴うものであって、多数人の集合体の力、つまり潜在する一種の物理的力によって支持されていることを特徴とし、従って、それが秩序正しく平穏に行われない場合に、これを放置するときは、地域住民又は滞在者の利益を害するばかりでなく、地域の平穏をさえ害するに至るおそれがあることから、このような不測の事態に予め備え、かつ、集団行動を行う者の利益とこれに対立する社会的諸利益との調和を図るため、所要の規制手続、罰則を定め、もって地方公共の安寧と秩序の維持を意図するものであって、単に道路交通秩序の維持にとどまらず、地方公共の安寧と秩序の維持という、より広汎、かつ、総合的な目的を有するものと解されるから、本条例による前記のような重複規制は、その内容において、道路交通法及び前記道路交通規則と矛盾牴触するところがないことは勿論、それ自体としての特別の意義と効果を有し、合理性があるものと考えられる。なお、本条例五条によれば、公安委員会が同条例四条三項に基づいて付した許可条件に違反した場合の法定刑が、一年以下の懲役又は五万円以下の罰金であって、道路交通法一一九条一項一三号によれば、所轄警察署長が同法七七条三項に基づいて付した道路使用許可条件に違反した場合の法定刑が、三月以下の懲役又は三万円以下の罰金であることと対比し、法定刑の上限が重いのであるが、これについては、前叙のように、本条例がより広汎、かつ、総合的な目的を有することから、規制の実効性を期するために、道路交通法によるよりも重い罰則を定めたものとしてその合理性を肯定することができ、また道路交通法は、前述のとおり、集団行動について条例による別個の規制を行うことを容認しているものと解される以上、本条例五条の規定が法定刑の点で道路交通法に違反して無効であるとすることはできない。してみると、右のように、道路における集団行動に対する道路交通秩序維持のための具体的規制が、道路交通法及び前記道路交通規則と本条例の双方において重複して施されている場合においても、両者の内容に矛盾牴触するところがなく、本条例における重複規制がそれ自体として特別の意義と効果を有し、かつ、その合理性が肯定される本件においては、道路交通法及び前記道路交通規則による規制は、右のような本条例による規制を否定、排除する趣旨とは解されないものというべく、従って、本条例五条、四条三項の規定について、道路交通法及び前記道路交通規則との関係から、これに特段の限定を加えて解釈する必要はないものといわなければならない(前掲最高裁大法廷判決参照)。

更に、本条例四条三項は、秩序正しく平穏な集団行進等に不可避的に随伴する交通秩序阻害の程度を超えた、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為を、条件を付して禁止しているものと解されるところ、ジグザグ行進は、思想表現行為としての集団行動に不可欠な要素ではないばかりでなく、公衆との間に摩擦を生じ、公衆に対する危害に発展する可能性があり、当該集団行動に不可避的に随伴する交通秩序阻害の程度を超えて、殊更な交通秩序の阻害をもたらす可能性のある行為に該ることは明らかであり、集団行動を行う者に対して、このような行為にわたらないようにすべきことを要求しても、思想表現行為としての集団行動の本質的な意義と価値を失わせ、憲法上保障されている表現の自由を不当に制限することにはならないものというべきであるから、本件においても、ジグザグ行進を避止すべきことという条件について、原判決のように「一般公衆に対して直接危害を及ぼすおそれのある」ものというような実質的制限が伴っているものと解釈する必要はないものというべきである(前掲最高裁大法廷判決、同第一小法廷昭和五〇年九月二五日判決・刑集二九巻八号六一〇頁、同第三小法廷昭和五〇年九月三〇日決定・刑集二九巻八号七〇二頁参照)。

以上のとおりであるから、原判決が、本件ジグザグ行進の事実を認定しながら、本条例四条三項の限定解釈を前提として、本件許可条件の「ジグザグ行進」を制限的に解釈して、結局本条例五条を適用しなかったのは、法令の解釈適用を誤ったものというほかはない。

ところで、本件差戻し前の控訴審判決が、原判決の前記のようなジグザグ行進の範囲についての制限的解釈は誤りであるとしながら、本件ジグザグ行進については、いわゆる可罰的違法性がない場合であるから、結局右解釈の誤りが判決に影響を及ぼさないとして無罪の原判決を維持したのに対し、最高裁判所第二小法廷は、ジグザグ行進のような行為は、思想の表現のために不可欠のものではなく、これを禁止しても憲法上保障される表現の自由を不当に制限することにならないのであって(前記昭和五〇年九月一〇日の最高裁大法廷判決参照)、許可条件違反のジグザグ行進は、それ自体、実質的違法性を欠くようなものではなく、従って、右控訴審判決は、この点において、本条例五条、四条三項の解釈適用を誤ったものというべきであり、更に、右判決が、その判断の前提として認定判示したところについては、審理不尽ないしは事実誤認の疑いがあるのみならず、前記説示のごとく右判決認定の事実を前提とするにしても、本件ジグザグ行進をたやすく実質的違法性を欠くものと認めることはできない旨判示して、刑事訴訟法四一一条一号、三号により右控訴審判決を破棄して、本件を当審に差し戻したものであるから(昭和四七年(あ)第一四〇一号、同五〇年一〇月二四日判決・刑集二九巻九号八六〇頁)、当裁判所は、右第二小法廷の判断に拘束されるものであるところ、原判決は、被告人らのした本件ジグザグ行進につき、「その態様は本件日本橋筋三丁目交差点(十字形交差点で、ほぼ東西南北に道路があり、そのうち東側道路は一方通行となっている。)の東側から西側へ約二七メートル余を、青信号で横断する際、同交差点内で道路使用許可条件に定められた四列縦隊の隊列のまま、被告人の先導により、歩くよりは少し早い程度で、掛声をかけながらジグザグ(行進)を行ったものであり、ジグザグ(行進)を行った隊員は約六〇名に過ぎず、ジグザグ行進は同交差点内だけに終り、交差点を出た地点で直進に戻っており、その間、道路使用許可条件に定められた経路、通行区分を変更していないこと、その時間は二分位で、振幅も交差点の約半分程度のもので大きいものではなく、当時の交通状況は西から来た車両で右折するため待機していたものが一四、五両あった程度で、通行人もさほど多くなく、ジグザグ行進によって通行車両、停止車両、通行人、佇立人と衝突接触し、又はそのおそれがある状態ではなかった」旨、前記差戻し前の控訴審判決とほぼ同旨同様の事実を認定しているのであるが、原審において取調べられた関係各証拠に、証人南直博、同下田正明及び同福岡正夫の当審公判廷における各供述並びに安尾和三、金高敏男及び中野実の司法警察員に対する各供述調書、高田悦郎の司法巡査に対する供述調書など、当審において取調べた各証拠をも参酌して検討してみても、本件ジグザグ行進が行われた前記日本橋筋三丁目交差点が、大阪市における有数の交通の要衝であること、右ジグザグ行進の態様・規模・滞留時間、当時の右交差点における交通状況のみならず、その周辺の各道路における交通渋滞状況、警察官らによる被告人らの梯団に対する規制の状況等にかんがみると、本件ジグザグ行進の道路交通秩序等に与えた影響は、社会生活上無視できる程度のものとはいいがたく、その行為の違法性の程度は、実質的にみてもそれほど軽微であるとは言えないばかりでなく、他に格別違法性阻却等犯罪の成立を妨げるべき特段の事由も見出しがたいのであるから、原判決の右法令の解釈適用の誤りは判決に影響を及ぼすことは明らかである。従って、所論その余の主張について判断をするまでもなく、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により、原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所において更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、日本社会党大阪府本部書記で日本社会主義青年同盟(社青同)大阪地区本部委員長として、昭和三九年一一月二七日、全大阪青年婦人学生共闘会議(以下全青婦と略称する。)主催のもとに、原潜反対等を標傍し、大阪市天王寺区玉水町一番地所在の天王寺公園内大阪市立音楽堂前から、同区逢坂下之町八番地同公園北口、同区下寺町二丁目、同市浪速区日本橋筋三丁目の各交差点を経て、同市浪速区蔵前町大阪球場に至る間に行われた集団示威行進に、全青婦傘下の労働組合員、学生等約三、一〇〇名とともに参加したものであるが、右行進には大阪府公安委員会からジグザグ行進をしないこと等の許可条件が付されていたにも拘らず、右条件に違反して、同日午後七時五六分ころ、同市浪速区日本橋筋三丁目交差点東側から同交差点西側に至る間の同交差点の軌道及び車道上を、社青同構成員山下勝己ら約六〇名と共にジグザグ行進を行ない、もって大阪府公安委員会が付した許可条件に従わなかったものである。

(証拠の標目)《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

原審弁護人は、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項で摘記するとおり、本条例が、許可制、検閲制を採用するものであるなど、また、その運用の実態においても、思想表現行為である集団行動を不当に制限するものであって、憲法二一条に違反し、更に、その五条の許可条件違反の集団行動参加者を処罰する部分は、白地刑罰法規であり、条例からさらに下位の形式の法令に犯罪構成要件の補充を再委任しているなど、罪刑法定主義を定める憲法三一条に違反する旨、種々の観点から違憲の主張をしているが、原判決が右各主張に対し逐一示している判断は、いずれも結論においてこれを首肯することができ、なお、条例が憲法二一条、三一条に違反するものではないことは、最高裁判所大法廷昭和二九年一一月二四日判決・刑集八巻一一号一八六六頁、同昭和三五年七月二〇日判決・刑集一四巻九号一一九七頁、同昭和四四年一二月二四日判決・刑集二三巻一二号一六二五頁、同・前掲昭和五〇年九月一〇日判決、同第一小法廷・前掲昭和五〇年九月二五日判決、同第二小法廷昭和五〇年九月二六日決定・刑集二九巻八号六五七頁、同第三小法廷・前掲昭和五〇年九月三〇日決定等累次にわたる最高裁判所の判例の趣旨に徴し明らかであるから、右各主張は、その前提を欠くなど、いずれも理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、昭和二三年大阪市条例第七七号行進及び集団示威運動に関する条例五条、四条三項に該当するところ、本件ジグザグ行進の規模・態様、違法性の程度、被告人の加功の態様・程度などのほか、本件発生後すでに一二年余りを経過し、被告人は、現在においては地方公務員として勤務していることなど、諸般の事情を斟酌勘案の上、所定刑中罰金刑を選択し、その所定罰金額(ただし、寡額は刑法六条、一〇条により、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による。)の範囲内で、被告人を罰金一万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審及び当審における各訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により、全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田修 裁判官 大西一夫 龍岡資晃)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例